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いざという時のために、100%自給自足(自産自消)の生活を目指しましょう!


2017年10月11日水曜日

第二の人生・・・・・の3

もうすぐ3日だ・・・・・
あと1日で1週間が過ぎる。
・・・・・今日で1か月が過ぎた。

当時の僕は、ハローワークから貰える就職祝い金だけが、目的でした。

なのにどういうわけか、就職祝い金が支給されても中々辞める気持ちにはなれませんでした。

もう、諦めるしかないのかな?・・・・・・・・・・
こんな年寄りなんて、どこも雇ってくれないだろうな。・・・・・


そういえば今の会社、面接のとき言ってたよな。
『能力を認められたら、給料は上げてやる。』って。
それまでの辛抱だ!

一月後、部長に言われました。
「あなたは凄く頑張っているから、通常3か月の見習い期間ですが、2か月とします!」
別に見習い期間なんて必要ない。出来る奴ならすぐ本採用だ!社長は、そう言っていた筈だ。


でもまぁ、どうやら僕を評価してくれている様だ。
・・・・・我慢するか!・・・ふー・・・っ。


3か月目に入った。
雇用保険や年金の切換えが未だに無い。
事務所にいた社長に話をした。
すると・・・・・
「今考えてるんだ!もう少し待ってろ!」怒った口調で吐き捨てられた。
なんだこいつ。嘘つきじゃないか。

凄く頭にきた。
とっても悔しかった。

でもこっちから喧嘩を仕掛けても何の得にもならない!
とにかく穏やかに話をしてみよう。
歳食って、仕事に有り付けたんだ。それだけでも、良しとしなくちゃ。
・・・・・
「今月、切換えをしていただかないと、国保の支払いをしなくちゃいけません。国保の請求は来ているし、いったいどうしたら良いのでしょう?」
悔しい思いを抑えながら、精いっぱい大人の対応をした。

「・・・それじゃ、明日年金手帳を持ってきなさい。手続きをするから。」
・・・・・
これが、53歳のハローワークでした。僕の人生はもう終わりなんだ。そう思いました。

二人の娘は嫁に行った。後は住宅ローンを払うだけ。
61歳の歳にはローンも完済する。
我慢さえしていれば、60歳なんてすぐにやってくる。
そうしたら、こんなところはもうおさらばだ。
収入が少なくなっても、なんとかなるだろう。

取りあえず、週末の趣味で気晴らしはできる。

人生を諦め、残りの時間を過ごすことに没頭しよう。

それからというもの、どんな馬鹿げた仕事も、いやと言わずに熟していきました。

毎日与えられるノルマ。絶対定時刻には終わりません。残業が続きました。

何とかしよう。

データの見直しを行い、1サイクル6分掛かる作業を4分30秒にまで縮めることが出来ました。


これで残業しなくて済む。・・・『やっぱできる奴は違うな。』勝ち誇ったような気持でした。

仕事の効率を上げ時間を詰めることは 、他の作業にしわ寄せがくる。
その分余計に動かなくてはいけません。

でも、達成できた時の喜びはひとしおでした。達成感がありました。

時間短縮が上手く出来た数日後のこと・・・・・何故かノルマだけが増えていました。
何も聞かれていませんでした。

えっ!どうして?

俺、物凄く大変なことしたんだよ。
解らないの?
十数年間、誰も出来なかったことを、俺が変えたんだよ!

残念ながら、そんなことすら理解できない人達でした。


悔しいな・・・
もう一度・・・もう一度だけ考えてみよう。

気持ちを切り替えて、もう一度時間短縮の方法を考えてみました。

試行錯誤の日々が続きました。
そして、加工する条件を変えてみました。
再び時間は、短縮できました。

それから数日経つと、また一日のノルマが増えていました。
また何も聞かれませんでした。

もういい加減にしろよ!
やってられない!

「もう頑張るのはやめた。」
そう思いました。

数日後、新しい図面が手渡されました。
CADが無いと加工できない、中途半端な図面です。
この会社に、CADはありません。
だから、今まで誰も手を付けられなかった仕事です。

図面のコピーを持ち帰り、自宅で計算する日々が続きました。
平日も、週末も。
時には、家からノートPCを持ち込み、作業することもしばしばでした。
それでも、給料は全く変わりませんでした。

「いったいどういうつもりなんだ。」
ある時、加工工場の責任者が、僕の苦労を会社に伝えました。
(頼んだわけでもありませんが・・・)

「給料払ってんだから、そんなのは当たり前だ!」
これが社長の答えだそうです。

悔しいけど仕方がない。我慢するしかない。

人生を諦めたんだから・・・・・

毎日定時で終わらない数が、ノルマになっていました。
仕方がない。残業しよう。


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